2012年3月2日金曜日

天草

世界三大というのを調べていた。というか、世界三大発明を調べ、(羅針盤、火薬、活版印刷)たら、その他、世界三大がたくさんでていたのだ。そこの天草四郎の名前が出てきた。(キリスト教の)世界三大聖旗として、天草四郎陣中旗、ジャンヌ・ダルクの旗、十字軍旗が上がっていたのだ。どうせ日本人がつくったものだろう、と考えながら、美少年だったという天草四郎に思いを馳せた。僕はその話をテレビで見ていたのだ。6月か5月、本が出版されたその後、母に本をあげたその日の夜、テレビでは歴史展望のような番組をやっていた。母はベッドで横になっていた。僕はその番組を面白いと思って見てた。月曜日の夜だろうか。熊本で集中講義があったとき、最後の日、僕は島原に渡ることにした。天草の名前と島原に行きたいという気持ちが強かった。島原では地獄温泉巡りをして、ヒノキの香りのする温泉に浸った。もう、母を連れてくることもできない、と悔やみながら硫黄の煙る岩石の間を通る遊歩道を歩いていた。そのときには、僕が母の病室で天草四郎と島原の乱の番組を見ていたことを思い出さなかった。その数少ない母との時を、私は今どんなに恋しく、取り返したく思うことか。

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